雑音を纏いながら。 -308ページ目

フランス語で独りごちる。

「Au revoir」

「A mardi」


レッスンが終ると、俄かに日本に引き戻される。


教室の下の階は、ジャンクフードの臭いが蔓延していて、

未だにルーズソックスの女子高生が、家で寛ぐように群れている。

自転車の鍵を、ジーンズのポッケから取り出して、

急ぎ足で、階段を駆け下りる。


坂だらけの帰り道を、汗も拭かずに走る。

気持ちのいい風が、耳元を撫ぜる。

家までの30分は、これから毎週の体育の時間、か。


玄関を開けると、作っておいたカリ-の匂いと、お母さんの声。

「おかえり~」

「Bonjour,madam」


手早く着替えて、ワンピースで麦茶を飲む。

今日の復習もしないと。

っと、TVとラジオも。


なんだか、足が痛いや。


部屋に上がって、「コーラス」のサントラを流す。

そうこうしてるうちに、お父さんが帰ってくるだろう。


今日はカリ-で家事は終了。

かと、思いきや、知らぬ間に洗濯物をたたんでる。

パンツを指差して、

「Qu’est-ce que c’est?」


お風呂で覚えたスキットを唱える。


バスタブ

「Et voila Paris!」


「Le batiment,a........gauche,qu’est-ce que c’est?」

「C’est une........gare,la gare Sain-Lazare」


サンラザール駅が使われているという、

先生曰く、大人の映画、の「男と女」。

今度、探してみよう。


少しのぼせ気味の顔を、水で洗ってお風呂を出た。


「Bonne nuit」

おやすみなさい、とベッドに潜った。

莢に収まろうとする。

隠し事は、ばれなければいいかもしれない。

私は、隠し事に気付かないフリをしてあげられる。


スザンナ



最悪の別れ方をした人と、恋人になろうとしている。

何もかも、忘れることは出来なくてもがいている。


でも。

電話ではフツウに話す。

メールもフツウにこなす。

デイトの予定もフツウに考える。


どこがフツウじゃないの?


私と彼と。

二人で同じ莢に入り込むには、まだ時間が必要みたい。

少しずつだけれど、私は取り戻していく。

自分の大切な気持ちと、色褪せない思い出を。


彼を好きな気持ちに変わりはない。

と、言い切れたら、バカだけど幸せなんだろうな。


私は中途半端なまま、このまま流されて何処へ行くのだろう。


彼への気持ちに、終わりはないと、今なら思えるけれど。

君に会いに行く。

君に会いに行こう。

あの潮風の吹く海辺の街へ。


空の公園

自転車の籠から、顔を出す淋しい気持ちを風に晒す。

待ち合わせの時間よりも、ずいぶん早く着いてしまう。

ざわめく心は、お静かに。


彼の変わらない笑顔に、つい、笑う私の唇。

自転車の籠には、私の貸した本。


二人で、海辺に向かった。


話すことも、前と変わらない。

歩調も、左側を歩く横顔の位置も。

何もかも、前と、変わらない。

少し、痩せたかな。


彼の作ったてるてる坊主は、役目を果たし、晴れわたる空。

ベンチに腰をかけて、少しの距離が悲しかった。

スタバのスム-ジーは甘くて、少しずつ飲んで。

彼の大きな掌と、彼の匂いを忘れないように、しっかり覚えた。


私たちは、何処へ行くんだろう?


出会ってから、3年と3ヶ月。

私たちは、また同じ道を歩き出すのか。



私は、彼の耳にそっと息をかけた。