啓蟄に | 雑音を纏いながら。

啓蟄に

2月は、遅い冬眠のようにずうっとじーっとしていました。

頭の中では、啓蟄になったら私も動き出そう、とは思っていて、

でも、ゆるい眠りから覚めるのはなかなか難しいです。


今日は啓蟄、朝から雨。慈雨のようです。



最近気に入っている詩をひとつ、紹介します。

上田敏の流麗な日本語は、口にするとみずみずしいかぎり。



もう春は来ているみたいです。



***



燕の歌


                          ガブリエレ・ダンヌンチオ/訳:上田敏


彌生(やよい)ついたち、はつ燕

海のあなたの静けき國の

便(たより)もてきぬ、うれしき文を。

春のはつ花、にほひを尋むる

あゝ、よろこびのつばくらめ。

黒と白をの染分縞(そめわけじま)は

春の心の舞姿。


彌生來にけり、如月は

風もろともに、けふ去りぬ。

栗鼠の毛衣脱ぎすてて、

綾子(りんず)羽ぶたへ今様に、

春の川瀬をかちわたり、

しなだるゝ枝の森わけて、

舞ひつ、歌ひつ、足速の

戀慕の人ぞむれ遊ぶ。

岡に摘む花、菫ぐさ、

草は香りぬ、君ゆゑに、

素足の「春」の君ゆゑに。


けふは野山も新妻の姿に通ひ、

わだつみの波は輝く阿古屋珠(あこやだま)。

あれ、藪陰の黒鶫(くろつぐみ)、

あれ、なか空に揚雲雀。

つれなき風は吹きすぎて、

舊巣(ふるす)啣えて(くわえて)飛び去りぬ。

あゝ、南國のぬれつばめ、

尾羽は矢羽根よ、鳴く音は弦を

「春」のひくおと、「春」の手の。


あゝ、よろこびの美鳥(うまどり)よ、

黒と白との水干(すいかん)に、

舞の足どり教へよと、

しばし招がむ、つばくらめ。

たぐひもあらぬ麗人の

イソルダ姫の物語、

飾り畫ける(えがける)この殿に


しばしはあれよ、つばくらめ。

かづけの花環こゝにあり、

ひとやにはあらぬ花籠を

給ふあえかの姫君は、

フランチェスカの前ならで、

まことは「春」のめがみ大神。